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題字:永野宗典

第1回 キャラクターをつくろう
第2回 アイデアをつくろう
最終回 画家宣言new

第1回 キャラクターをつくろう
「あしたのジョー」や「ハリスの大旋風」でおなじみのちばてつや先生から マンガのキャラクター作りのコツを教えてもらうぞ。




じゃあ、みんなそれぞれ自分の顔を描いてみようか。何もそっくりじゃなくていいんだよ。 例えば自分がネコみたいな人間だなと思ったら、ネコでもいいの。(中略)
自分がこういう人間だったらいいなというのでもいいし、こういう人間になりたいな、でもいいし、ちょっと描いてみよう。
「ちばてつや マンガをつくろう 別冊課外授業ようこそ先輩 別冊」
(KTC中央出版)より抜粋





あーでもない、こーでもないと試行錯誤すること3時間!
自分の顔の特徴がようやくつかめてきたぞ。
まゆ毛とおでこだけで、自分だとわかっちゃうから不思議。




マンガにするときは、もっとうんと誇張して描くようになります。
誇張したり風刺を加えたりすると、性格をより強く出そうとして、その人よりももっとその人らしくなります。
そうするとマンガらしくなっていくのです。




キャラA


シャケの腹からそのままイクラを吸い込むグルメ金太郎。
飛び切り旬な素材をこいつに食べさせて、想像を絶する味覚を体験したい。




キャラB


単に出っ歯をつけてみたかっただけなんだけど、
出っ歯にはどこか郷愁みたいなものを感じるね。




キャラC


彼は目と耳が不自由な吸血鬼。
血の臭いだけを頼りに街を徘徊する。
一風変わったホラーマンガを描いてみたい。




キャラD


生まれ変わるなら傍若無人な暴れんぼうになってみたいという願望から創りだしたキャラ。



キャラができたら、マンガが描きたくてウズウズしてきたぞ! 
キャラクターを動かして初めてマンガになるんだね。
似顔絵からスタートしたキャラクター創りは、ある意味、自分をよく見つめるいいきっかけになったぞ。
キャラクターを創る中で自分はこういう性格になりたいとか、今まで考えもしなかった自分に出会うことができたね。


ありがとう、ちば先生!
長生きしてください!!

ちば先生のオフィシャルホームページ


次回「アイデアを作ろう」
アイデアのつくり方を、あの手塚治虫先生に教えてもらう予定だぞ。


第2回 アイデアをつくろう
どんなマンガでも話が面白くなければ、誰も読みたがらないよね。
アイデア次第で笑ったり、感動したり、考えさせたりできるものなんだ。
第2回目にしていきなりマンガの根っこの部分に迫ってみるぞ。
というわけで今回は、マンガの神様、レオナルディアン手塚治虫先生に指導してもらうよ。




 四コマ漫画が作れれば、どんな漫画でも描ける。 四コマ漫画は漫画の筋立ての基本である。 四こまを十も百も並べると長編になる。  「案(アイデア)」を考えるには大きく分けて2つの方法がある、演繹法と帰納法である。

手塚治虫「マンガの描き方」(光文社)より抜粋
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さすが虫先生、なんかもうこれでマンが書けるよね!
四コマばっかりのサトウサンペイ先生もきっとすごいんだろうな。
四コマは奥が深いのな。四コマに敬礼。



無人島漫画に挑戦!



船かげ?

美女が泳いでいる

食料探し

何か流れ着いた

2人目の漂流者

治虫先生の「マンガの描き方」の問題集の中から無人島マンガの問題をチョイスしたぞ。
これら5つから、演繹法、帰納法を利用して「案」をひねり出そう!





絶体絶命








起承転結が良くできてるよね。
ただ、最後のキャラが何だかよくわからない。
一応僕の考えた海坊主なんだけど。かってなイメージ。
海賊船が近づいてきて目を覚ましたんだね。
主人公は海坊主に食われて結局死にます。




長い髪の女








自由奔放に描いてみました。思いつくままに。
3コマ目を思いつくのにすごく苦しんだね。
女の髪が大陸とつながってたら主人公が救われるってひらめいた時はニヤリとしたね。
土地の面積が広がれば発見されやすいしね。
髪が長すぎて気持ち悪いというのを除けば素敵なストーリーだなって思うね。




釣り








うひゃー。読後感わるーい。死神の画風が劇画タッチでコワーい。
っていうか各コマそれぞれ画風が実はバラバラだよね。おじさんの顔が全部違うし。
自分のオリジナルの画風を確立するのが今後の課題だね。
展開の仕方に関して視点がバラバラでどうも読みづらい気がするぞ。
だけどオチのインパクトはいいね。ギエー!ってなる。
とにかく後味悪い作品だね。




帰還








立て続けに最低のオチで嫌ね。
どうも悪趣味だね僕は。割とお気に入りの作品だったりするから。
展開もスムーズで、下ネタでありながらすがすがしさがあるよね。コマの中に風が吹いてる。
ただ、やっぱり知性が全く感じられないよね。子供の衝動。うんこは。
「マンガの描き方」の中にも下ネタのオチは避けるようにとちゃんと書かれてました。
だけど逆に誰しも一回は通る道なのかもしれないね、ひょっとしたら。
石ノ森も不二子もトキワ荘にいた連中は全員、少なくとも一回はうんこに手を染めた(断言)。
長く険しいマンガ道の途中で。
そう考えると十分に意義のある作品だといえるよね。




出エジプト








歴史に名を残せなかったけど、神の啓示を受けた人っていっぱいいるって思うんだよね。
奇跡とか起こしてイイ線まで行くんだけど、悪運がやたら強くて殺されちゃったみたいな、神にもサタンにも好かれちゃう人。
だからこのモーセもそんな人。
モーセが来たことで無人島にもともといたおじさんも寿命縮まっちゃうんだよね。悪運が悪運を呼んで。
みんな殺し合うしね、発狂して。





マンガは誰にでも描ける。だけど面白いものを描きたいと思ったら、なかなか納得のいくものは描けないんだよね。
今回できた四コマは、ほとんど思いつきや勢いだけで成り立ってるものばかり。何か物足りなさを感じるのな。
面白いマンガを描くには豊富な知識、情報量の蓄積、テクニック、創造力、そして忍耐力が不可欠。
とにかく今回はマンガ道の深さを垣間見た気がするぞ。


マンガ文化の礎をありがとう!
アンタの生き様最高だったよ!


最終回 画家宣言



横尾忠則




魔が差したというか、魔力的な、何かそういうものの仕業のような感じがしました。
魂だか、本性だか、本能だか、知らないけれど、それが僕を押したんですね。


(1980年、横尾氏自身の「画家宣言」に関するコメントより)


魔が差したというか、もう気づいたら、Gペンが絵筆に変わってたんだよね。
ただ描きたいという人間らしい自己表現欲、創作欲が、マンガ入門の過程で、溢れ出てきたんだね。
というわけで画家宣言。






※絵をクリックすると大きくなるよ。

「くだもの」




まずはかわいらしいフルーツの絵から。
バナナなんか、アンディー・ウォーホールが描こうと誰が描こうと、
見た目あんまり変わらないよ。




「チョップ」




生命線が二手に分かれてるのが気になる。

知能線も下がっている。




「渦 巻」




オリャーっと余白がなくなるまで勢いだけで描いた作品。




「無 題」




ヤバい。きてるねえ。前衛アート?
精神病患者に治療の一環として描かせた絵
(ヒーリングアート)みたいだね。
それか幼児画。何を描こうとしてるかわかんないもん。
描いた本人の衝動のみが表現されてるね。




「 顔 」




80年代N・Yの雑多な空気感をとりいれたポップアート作品。

が、これもヒーリングアートにしか見えないね。




「モナリザの微笑」




「モナリザ」を描いてみようとして、頭の中で思い出しながら

描いてたらユンソナみたいになってしまった。失敗作。




「盲人の食事(模写)」




ピカソ青の時代の作品。
ピカソは技を盗む天才で、相当の数の
模写をしてたらしいね。
宗虫はそのピカソから技を盗もうとして、
初めて巨匠の絵に挑戦したわけ。
クリソツ。




「恩 師」




手塚治虫先生に敬意を込めて描いた作品。
が、ベレー帽かぶってなかったらはっきり言って、
誰だかわかんないと思う。
漫☆画太郎っぽいタッチになっちゃった。




「画家宣言」




トキワ荘の面々に見送られながら、
己の歩むべき「道」を探すべく
新たなる旅立ちをする宗虫。
マンガで埋めることのできなかった
無数のコマが飛び散っている。
(左下から時計回りに)石ノ森、手塚、
赤塚、藤子A・F、そして永野宗虫。






岡本太郎




描きたいのに描かずにすましてしまう。そのあとに、自分で
はっきりと気がつかなくても、なんとなく味気ない気分がのこる。
そういうことがつもりつもると、生活自体がひどく消極的で
空虚なものになってくるのです。


(岡本太郎著「今日の芸術」より抜粋)



描きたいから描くんだよね。食べたいから食べて、寝たいから寝る。
生理的なものと思ってもらっていい、描くことは。
描くことをためらったり、億劫がったりするのは、精神衛生上良くないことなんだよね。
絵を描くことは「遊びの門」と言われてるんだよね。
この画家宣言は「遊び入門」と言っても過言ではないね。
そして「マンガ入門」よりもっと僕らの身近にある「門」であり、誰しもが通過するべき
「門」であると僕は思っています。





マンガは描くものじゃなくて読むもの!
さようならマンガ入門!!