[ヨーロッパスタジオ]>[ケセラセラ日和のなれそめを語る]
スタジオ編集部が、舞台『ケセラセラ日和』に向けて稽古中のお二人に、インタビュー。
出会いから、テーマとタイトルの決定へ至るまでの歴史を、存分にお届けします。

漫才コンビ「トゥナイト」としてデビュー以来、誰からも親しまれるキャラクターで人気の女芸人。コンビ解散後は司会者、パネラーとして活躍。特に関西では「なるトモ!」「ちちんぷいぷい」など人気番組のレギュラーを務め、テレビ・ラジオでその声を聞かない日はないほど。

ヨーロッパ企画の旗揚げから参加。すべての公演に出演してきた他、多くの舞台・テレビドラマにも出演。コラム執筆、ラジオパーソナリティの他、撮影・監督まで一人でこなした短編クレイアニメ映画で「第1回デジタルショートアワード」のグランプリを獲得するなど多彩な才能を発揮している。
永 野
それで、タイトルを考えなきゃいけない時期が来たんですよ。そのころ「団地」ていうキーワードが出てきて、「団地の主婦の話」っていうのが、いろいろ頭の中でキャラクターが動いてきて。そこでいろいろタイトル案をね。「駆け抜けて、団地」みたいなのとか。「花咲く団地」とか。
なるみ
そうそう。これ、すごい悩みましたね。投票制やったから。
永 野
あ、なるみさんも投票してたんですか。こっちも、投票してたんですよ。
なるみ
うん、そう。「駆け抜けて、団地」も好きやったから。
永 野
けど「ケセラセラ」って、まただいぶ違う印象じゃないですか。「ケセラセラ」っていう言葉自体は、だいぶ前の打ち合わせのときにポロっと言った言葉やったんですよ。
−−−
なるみさん発信の、キーワード。
永 野
ええ。「一番苦しかった時期は、いつですか?」って聞いたときに、おっしゃった言葉で。
なるみ
あ、ちょっと解散してね。前漫才やってて。ひとりで仕事を始めるんだけど、やっぱうまくいかないっていうか、その、勝手が違うからって悩んだときに、先輩が「流れのままに」とか「ケセラセラやで」って声をかけてくれて、ちょっとこう、考えかたとか、「前の相方と私が10年かかってやってきたことを、あなたがすぐできるわけないでしょ?」って言って、そっか、そこでは10年っていう月日があるからや、っていろいろ考えかたが変わったら、ちょっとラクになったっていう話を、先生にしたんよ。
永 野
そう、それがまあ、残ってて。「ケセラセラ」・・・まあ、なるみさんの「座右の銘」的な言葉やし、なるみさんの代表作としても、しっくりくるかな、と思って候補に入れてみて。「ケセラセラデイズ」っていうのも、あったんですよ。・・・でも今、「ケセラセラデイズ」って口に出してみて、「ケセラセラ日和」のほうが断然いいな、って思いましたけど。
なるみ
音がね(笑)。「日和」のほうが、音がいいわ。
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そして、ようやく『ケセラセラ日和』が生まれた、と。
永 野
そうですね。5月からですから、時間かかりましたよ。
なるみ
そんだけ、私のことを考えてくれてるってことですからね。ありがたい。
永 野
3月終わったら、どうなるんやろと思いますね。何考えるんやろと思って。からっぽになるなと思って。
なるみ
次でるやつ、また考えたらいいやん(笑)。ありがたいね、ほんと。
永 野
振りかえったら、むっちゃ長かった。去年の5月から12月ですから。ねえ、ちょっと迷いすぎました。遠回りしたのかどうか、わかんないですけど・・・。でもちゃんと、なるみさんと喋ったことが、ぜんぶ芝居に反映されてるだろうな、っていうのは思うので。
なるみ
私からしたらちょっと「ヨーロッパ企画さんのところに、お邪魔させてもらう」といった感じなので。ねぇ。短期留学。
永 野
僕は、「女優、なるみ」の才能を、花ひらかせる意気込みで。
なるみ
もうそれは、一番最初「どんなことしたですか?」って聞かれて、「先生がやらせたいことを、やってみたい」って答えたので。そこはもう、「お芝居」を、ちゃんと教えてもらおう、というか。もちろん、楽しむ気持ちも教えてくれるだろうから「先生がさせたいことを、私はしたい」と。「キスシーンも、するー?」 とか言ってたよね(笑)。
永 野
そう。「キスシーンも、するー? アハハー!」で打ち合わせ終わり、っていうときもありましたね(笑)。けどまあ、せっかくだから、ロマンスも、盛り込もうかなっていう思いは、ありますけどね。
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ロマンスも、ありで?
なるみ
そこもまた、意外なとこやろうしね。
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楽しみなことが、たくさんありますね。ということで、どうもありがとうございました。
なるみ
永 野
ありがとうございましたー。