[ヨーロッパスタジオ]>[ケセラセラ日和のなれそめを語る]
スタジオ編集部が、舞台『ケセラセラ日和』に向けて稽古中のお二人に、インタビュー。
出会いから、テーマとタイトルの決定へ至るまでの歴史を、存分にお届けします。

漫才コンビ「トゥナイト」としてデビュー以来、誰からも親しまれるキャラクターで人気の女芸人。コンビ解散後は司会者、パネラーとして活躍。特に関西では「なるトモ!」「ちちんぷいぷい」など人気番組のレギュラーを務め、テレビ・ラジオでその声を聞かない日はないほど。

ヨーロッパ企画の旗揚げから参加。すべての公演に出演してきた他、多くの舞台・テレビドラマにも出演。コラム執筆、ラジオパーソナリティの他、撮影・監督まで一人でこなした短編クレイアニメ映画で「第1回デジタルショートアワード」のグランプリを獲得するなど多彩な才能を発揮している。
−−−
お忙しいところお越しいただきまして、ありがとうございます。よろしくお願いします。
なるみ
とんでもないです! ありがとうございます、こちらこそ。
永 野
よろしくお願いします。
−−−
今日は、「なるみさんと永野さんで舞台をする」ということが決まってから「『ケセラセラ日和』が生まれるまで」の話を、じっくりおうかがいしたいなぁと思いまして。初めてお二人が会われたのは、いつだったんですか?
永 野
昨年の6月ですね。
なるみ
一緒に舞台することが決まって、先生の芝居を見に行って・・・。
−−−
先生・・・?
なるみ
そう、私のなかでは、(永野宗典=)先生。これ、みんな反応するね。
永 野
とくに、ヨーロッパ企画関係の人は「おやおや?」ってなる(笑)。
なるみ
でも私のなかでは、「私の次の道を、ひらいてくれる、先生」なんで。
永 野
で、僕はなるみさんを「女優の卵」として、才能を開花させるっていう。
−−−
そういう、関係性なんですね。
なるみ
そうそう。「先生」が浸透するかもよ(笑)。
なるみ
で、先生に初めて会ったのは、舞台の話が決まって、ヨーロッパさんのお芝居を見に行ったときで。そこで、軽くごあいさつして。
永 野
そう、そのとき、なんかすごい覚えてるのが・・・。
なるみ
距離感!
永 野
距離感! 距離をおいたまま、ずっと挨拶して。「じゃあ失礼します」もなく。
なるみ
ふわーっと、ね。
永 野
距離を保ったまま・・・。まず僕、初めてなるみさんとの舞台の話を聞いたのは、5月だったんですよ。それで、6月の『あんなに優しかったゴーレム』の公演に、見にくるぞってことで。
なるみ
「ヤツが来るぞ!」的な。
永 野
いやいや! 見てるらしいよ、と(笑)。ソワソワですよ。それで終演後、楽屋にあいさつに来られて。
−−−
ヨーロッパ企画のお芝居をごらんになったあとに、出会われたんですね。
なるみ
だからもう、すごい興奮した。お芝居が、すごい楽しくて。一緒に舞台をさせていただく方の劇団、っていうことで観にきたんやけど、途中でそんなん忘れてふつうに楽しんでるから。『昭和島ウォーカー』を観たときもそうやったと思うけど、すごいいつも、興奮してるでしょ?
永 野
うん、興奮してる。もう、目がランランとしてて。
なるみ
いつもの私じゃなかったと思いますよ。で、お芝居を観たあとに、一緒に行ってたマネージャーとかとごはんを食べに行って。「楽しかったなー」って、はじめは興奮してたけど、途中で「ちょっと待てよ」と。「そんな、わあーっと引き込まれた劇団の人たちと・・・・えぇー!」と、こわくなってきて。それから、ずっと緊張してるかんじ。
永 野
ああー。『〜ゴーレム』観たのが、けっこう大きかったんですね。「演劇を始める」ということへのリアリティが、そこで生まれて。
なるみ
うん。なんか、先生には言ったことあるけど、けっこう私、影響されやすかったり、ひっぱられたりするから、あえて見なかったりすることって多いんですよ。漫才師のときから。ぐいっとこう、「そっち寄り」になったりとかするから。でも今回お芝居に「ぐいーっ」と入ったからね。途中でこわくなってきて。
永 野
「私もこのステージに立つんや」っていう。