[ヨーロッパスタジオ]>[ケセラセラ日和のなれそめを語る]
スタジオ編集部が、舞台『ケセラセラ日和』に向けて稽古中のお二人に、インタビュー。
出会いから、テーマとタイトルの決定へ至るまでの歴史を、存分にお届けします。

漫才コンビ「トゥナイト」としてデビュー以来、誰からも親しまれるキャラクターで人気の女芸人。コンビ解散後は司会者、パネラーとして活躍。特に関西では「なるトモ!」「ちちんぷいぷい」など人気番組のレギュラーを務め、テレビ・ラジオでその声を聞かない日はないほど。

ヨーロッパ企画の旗揚げから参加。すべての公演に出演してきた他、多くの舞台・テレビドラマにも出演。コラム執筆、ラジオパーソナリティの他、撮影・監督まで一人でこなした短編クレイアニメ映画で「第1回デジタルショートアワード」のグランプリを獲得するなど多彩な才能を発揮している。
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では、永野さんの印象は、そのときの、ちょっと気持ちが上がった状態で・・・。
なるみ
そうそう。役者さんてすごいな、っていうのが・・・これ、ヨーロッパ企画のみなさんにとってプラスになるか分かんない話なんですけど(笑)。
永 野
いえいえ。
なるみ
舞台が終わったあとに、カーテンコールがあって、「次の芝居、これやります」とか「DVD出ます」とかお話されるじゃないですか。それが、先生以外のみなさんも、芝居ではみんなすごい早いセリフとかも、たたみかけるように喋ったりしてたのに、トークのときは、みんな「しゃべり」がグダグダやから(笑)。
永 野
カーテンコールが、ひどすぎるっていう(笑)。
なるみ
だから、「役者さんってすごいな」と思って。
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なるほど、逆に「ふだんはそっちなのに」っていう。
永 野
芝居が引きたったっていう。
なるみ
私は、ふだん喋るほうが仕事だから、それも、こわさのひとつ。もう、「そんな感じでしゃべれる人や」と思うくらい、「芝居してる」っていうんじゃなくて「その人じたいが、そういう感じ」っていうくらいに、芝居のなかに入ってたから。それが、芝居が終わって、いざカーテンコールになると「それで・・・あれで・・・そで・・・あで・・」みたいな(笑)。
永 野
そんな、ひどくなかったでしょう(笑)!
なるみ
それで、「芝居って、すごいなー」って思って。
永 野
けど、僕らのカーテンコールのひどさって、わりとちょっと「有名」、じゃないですけど・・・。以前、大泉洋さんが観に来られたときも、「カーテンコールが、いっちばん面白かった」って言われたくらい。
なるみ
一周まわってたんやね。
永 野
一周まわって面白く(笑)。今だに言われるんですよ。
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6月に楽屋で初めて出会われて。そのあとは、どうなったんですか?
なるみ
それで、「ごはんに行こう」ってなったんやった。
永 野
最初に会ったのが6月・・・で、7月の上旬に、ごはん行ったんですよ。なるみさんと二人で・・・あ、二人じゃねぇや。
なるみ
二人でごはん、行ったことないやん。妄想入ってるやん、もう(笑)。
永 野
今、自分のなかでは、二人で行ったことになってました(笑)。けど、最初にお会いしたときが、お見合いみたいな感じだったから、そこでやっと普通にコミュニケーションをとれるように。
なるみ
ま、「そういう感じになるまでに、そう時間はかからなかった」っていう。
永 野
なんか、意味シンな感じに(笑)。だから、その食事会は、食べて、飲んで、喋って。もう、終電まであっというま。なんだろうなー。一発でノックアウトされた、というか。「なんてステキな人なんだ」っていう。・・・それまでは、やっぱこわかったから。
なるみ
恐怖から解放されただけやんね。
永 野
まずやっぱ、テレビのイメージを抱えたまま、お会いしてるし。それが、ごはん食べて、喋って、お酒のんで。なんかすごく、「素」のなるみさんが、ようやく。
なるみ
なんか、ウソついたらあかんぽいでしょ? 多少、お仕事する前とかって、(作品に)出る人間からしたらいい風に思われたいとか、私はちょっとそういう気持ちが働いたりすることがあるんですけど・・・でも先生には、ちゃんと、正直なことを言わないといけないな、という感じを、すごい与えてくれる方なんで。
永 野
寺みたいでしょ?
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・・・寺?
永 野
なんでも、素直に言ってしまう。
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・・・なるほど。
永 野
僕も、なるみさんのことを必死に、「知ろう、知ろう」としてたから。やっぱ、初めての台本をつくるっていうのもあったと思うけど、とりあえずもう「この人から芝居が生まれるんだ」っていう。
なるみ
だからやっぱ、「先生」なんですよ。・・・みんな、「ふふふっ」って笑ってしまうけど。正式名は、「むーくん先生」なんですけどね。
永 野
敬意があるのか、なんなのか。
なるみ
あるよー。
永 野
かわいがってもらってるのか。