[ヨーロッパスタジオ]>[ケセラセラ日和のなれそめを語る]
スタジオ編集部が、舞台『ケセラセラ日和』に向けて稽古中のお二人に、インタビュー。
出会いから、テーマとタイトルの決定へ至るまでの歴史を、存分にお届けします。

漫才コンビ「トゥナイト」としてデビュー以来、誰からも親しまれるキャラクターで人気の女芸人。コンビ解散後は司会者、パネラーとして活躍。特に関西では「なるトモ!」「ちちんぷいぷい」など人気番組のレギュラーを務め、テレビ・ラジオでその声を聞かない日はないほど。

ヨーロッパ企画の旗揚げから参加。すべての公演に出演してきた他、多くの舞台・テレビドラマにも出演。コラム執筆、ラジオパーソナリティの他、撮影・監督まで一人でこなした短編クレイアニメ映画で「第1回デジタルショートアワード」のグランプリを獲得するなど多彩な才能を発揮している。
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その時点では、まだ「舞台の内容」について、くわしく話をしていたわけでは、ないんですか?
なるみ
うん。そのころはもう、質問攻め。
永 野
攻めて攻めて。パーソナルな部分を。
なるみ
で、最後は結局「ラジオをどうしていいか分からん」っていう話になる(笑)。
永 野
ちょうど、僕がやってるラジオ番組(「永野・本多の劇的ラジオ」)に、つまづいてた時期でね(笑)。
なるみ
いろんな話しましたね。
永 野
うん。仕事のはなしから、ほんとお互いの「自分史」みたいなのを語りあう、みたいなのが7月の上旬やったと、思います。
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お互いを、よく知ったうえで、舞台をつくっていくという?
なるみ
というか、もう、先生が知ろうとしてくれてた感じのほうが、あったと思う。
永 野
あったんですかねぇ。
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なるみさんの話に触発されて、いろいろ永野さんが芝居のアイデアを出していくような、感じだったんですか?
永 野
そうですね。なるみさんの話を持ちかえって、自分の記憶をもとに議事録をまとめて書いて。それを見ながら「どんなことしようかな」っていうことを考えて。で、そのころから僕、お芝居で東京にいることがすごい長かったから、なるみさんにメールで質問したり、とか。
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メールで、やりとり。
永 野
そうそう。遠距離恋愛の感じで。
なるみ
なんかけっこう、めっちゃ質問された時期がありましたね。
永 野
そうそう。仕事の感覚と、プライベートの感覚って、どういう感じなのかなって。「仕事で、家にカメラが入るとかいうのは、どうですか? そういう仕事は断りますか?」とか。
なるみ
「どうですか? 理由はなんですか?」とか。
永 野
そんなんとか。・・・ふつうに写真をのっけて「今日、こんなんでした」とか。「仕事ようやく終えました」とか。
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わりと、具体的な質問とか、プライベートなメールもしつつ。
永 野
不安だったんよね。会って、しゃべれないから。「一回、お食事はすごい楽しく済んだけど、あれからなるみさん、この芝居に対して興味うすれてないだろうか」とか・・・。「僕のことどう思ってるんだろう」とか・・・。
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そのとき、なるみさんはどう思われてました? その期間の、永野さんに対する思いは?
なるみ
「仕事が、役者としてもすごいお忙しいのに、その間に私のことも考えてくれんねやー」って。こっちからメールすると、焦らしてもダメやなと思うし、メールが来たときだけ、ちゃんと考えて、返事しようと思ったんですよ。
永 野
うわっ!! なるほどなるほど。そういった気づかいが。・・・そっか、気づかいさせちゃったとこが、あったね。
なるみ
(笑)! いやいや、逆に、もし自分がそうやったときに「メール来てたから、返事せな!」っていうのがあったら、嫌やなって思ったので。だから、ありがたかったですよね。ていうか、今回のこのお話は、ありがたいなぁっていうことに尽きるから、やっぱりたくさんのお客さんにに見に来てほしいし、楽しかったって言ってほしいなって。ありがたいなっていうことから始まってるんですね。自分で、バラエティの司会とかのお仕事やってるけど、ちょっとお芝居に興味があったり、どっか、できたらちょこっとでもいいから出してほしいなっていう、芝居に対する思いが、こういう風にまわりの人のおかげで、ヨーロッパ企画さんと知り合わせていただいて。しかも先生たちが出てくれるし、脚本も書いてくれるし、ってなって。
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そんな風に思ってくださってた。・・・永野さんは、ご存じでした?
永 野
今日、知った感じですね。あらためて、「成功させたいな」という気持ちになりました。ありがたいお話で。
なるみ
みんないい人やからね。このあいだの打ち合わせも面白かったし。