[ヨーロッパスタジオ]>[スーシーズ 特別対談&インタビュー]
大歳倫弘 [脚本・演出]
同志社大学入学と同時に'05年よりヨーロッパ企画に参加。本公演では文芸助手を務める他、ラジオの構成、テレビドラマの脚本などを務める。‘06年より舞台の脚本・演出を手掛けるようになり、‘09年からは「ヨーロッパ企画 イエティ」として京都での上演活動を続けている。
──まず始めに、なぜヨーロッパ企画に入ろうと思ったんですか?
大歳
大学に入った時に、諏訪(雅)さんと永野(宗典)さんに勧誘されたんです。当時ヨーロッパ企画は、まだ同志社大学にサークルとして籍を置いていて、その籍を維持するために新入生を入れる必要があったんですよ。でも2人とも、すでに大学を卒業していたのに「4回生」って嘘ついてて(笑)。しかも劇団ではなく、普通のイベントサークルみたいな雰囲気だったんです。あとでHPを見て、どうやら演劇活動が中心の集団みたいだなって。
──……それってある意味、だまされて入ったようなものじゃ?
大歳
そうですよね(笑)。でも諏訪さんと永野さんが、しゃべっててすごく面白かったのが大きかったんです。だからこの面白そうな人たちに、僕は着いていこうかなと思って。だけど最初の方は、ずっと一緒にサッカーとかゲームばっかりしていました。
──それまでは演劇や、あるいは作家の経験などはなかったんですか?
大歳
全然なかったです。バラエティ番組はよく見てましたけど、高校に入ったらそうでもなくなりましたし。むしろ高校時代は山岳部の部室に、部員でもないのに入り浸ってました(笑)。その部室ではいろんな映画のビデオを観たり、サブカル系の雑誌を読んだりして過ごしてたんですけど、今思うと、それが現在の素養になっているかもしれないです。
──それでは本格的に演劇に関わり始めたのは、ヨーロッパ企画に入ってから?
大歳
そうです。「次は何日に来て」と言われてフラッと訪ねたら、それが公演の仕込みでした(笑)。初めて観たのは『囲むフォーメーションZ』(05年)だったんですけど、すごくすごく面白かったんです。舞台の構造自体が趣向を凝らした作品だったので、自分がイメージしていた演劇を裏切られたって感じがしました。
──あの作品は『サマータイムマシン・ブルース』と同時上演でしたよね。
大歳
『サマー……』も、かなり完成されていて面白かったんですけど、個人的には『囲む……』の方が印象に残りましたね。僕もパズル的なことが好きなので、あのやり方に共鳴するというか、カッコいいなあって思いました。
──それからしばらくして、文芸助手や演出助手などの、上田(誠)さんをサポートする役割を担うようになったわけですが、そのきっかけは?
大歳
ちょうどその頃にヨーロッパ企画が、ABCでラジオ番組を始めたんですけど、ものすごく人が足りなかったんです。そこで僕が、ラジオの台本執筆を任されるようになって。それが気に入られたのかどうかはわからないんですけど、『ブルーバーズ・ブリーダーズ』(06年)の時に、上田さんの補助に回るようになりました。
──自分では、なぜその役が回ってきたと思います?
大歳
作家っぽい雰囲気を醸し出してたんじゃないでしょうか(笑)。やっぱり台本を書くためにPCに向かったりしたら、作家のような空気感だけでも出るじゃないですか? それで目を付けられたのかなあ……と思ったりします。
──ちなみに普段はどんな感じで、上田さんをサポートしてるんですか?
大歳
上田さんの横にいて、意見を聞いたりネタを出したりするのが主な役目です。昔は口述した台詞を、PCに打ち込むという作業もあったんですけど。一度台詞を聞き間違えて打ってしまって、その内容のまま2日目まで上演されたなんてこともありました(笑)。
──実は結構早い時期から、TVドラマの脚本も書いたりしてるんですよね。
大歳
上田さんとの共同脚本ですけど、WOWWOWのドラマ(藤子・F・不二雄のパラレル・スペース#2『あいつのタイムマシン』/08年)を書きました。普通舞台でキャリアを積んでからTVの仕事をするんでしょうけど、まったく逆ですよね(笑)。
──本格的に作・演出を始めたのは、07年のソリ公演『トラのぬけ穴』からですよね。
大歳
同じ時期に劇団に入った松田(直樹/ソリ代表)君と、同志社大学の学園祭の時に「何かお芝居やってみようか?」という話になったのがきっかけでした。でもその時は、正直このまま芝居をやっていくとは思ってなかったです。
──と言いつつ、結果的には今も続けてらっしゃいますよね。
大歳
その時やった作品に、すごく悔いが残ったんですよ。ああしたら良かった、こうしたら良かったって、未だに思うぐらい(笑)。それが芝居を続ける原動力になったと思います。
──そこから「イエティ」というユニットを組むことになったいきさつは?
大歳
ソリがイベント集団みたいになっていって、だんだん芝居を書く機会がなくなってきたんです。ちょうどその頃に石田(剛太)さんから「一緒にコント公演をしよう」と声をかけられて。それで上演したのが『コテンパンラリー』(09年)でした。
──あれは舞台の背景にあった漫画が実はコントの内容とつながっていたり、途中で役者が劇場の外に出た所をライブ中継風に見せたりなど、メタ演劇っぽい作品でしたね。
大歳
単独のコントではなく、全体として流れがあるようなコント集にしたかったんです。あと役者の演技だけじゃなく、その後ろにある舞台美術なんかも含めて、何か世界観を出すことができたらなあということも考えていました。
──でもあの時のユニット名は、確か「イエティくん」でしたよね?
大歳
「このユニットでもう1回やろう」という話になった時に、僕が引っ張るというか……石田さんから企画を奪う形になって(笑)。最初ユニット名を付ける時に、僕が「イエティ」を出して、石田さんが「くん」を出したので、2回目から「くん」を取りました(笑)。
──上田さんの舞台と、自分の作る舞台の大きな違いはどこだと思いますか?
大歳
僕は下品ですね(笑)。シモネタだとかベタな話だとか、ただ単にふざけ続けてるだけとかいう状況が好きなんです。それとジャンクな部分をメインに据えたいというのは、すごく意識しています。たとえば僕[王将]が好きなんですけど、本当の中華料理好きから見ると「あんなもの」って感じがあるじゃないですか? でも僕は、本格的な中華よりも[王将]の方が全然好きだなあ、と。その感覚は大事にしたいです。
──確かにヨーロッパ企画の芝居に比べると、まさにそういうジャンク感というか……簡単に言うと、粗っぽい雰囲気がありますよね。
大歳
そう、粗っぽい。でも本公演では、いつも世界観をキッチリと作り込んだ笑いをやっているので、やっぱり僕は別のスタイルの笑いをやった方がいいかなと思ってます。
──イエティにはヨーロッパ企画の役者も多数出ていますが、劇団スタッフとして彼らの身近にいるからこそ有利だなと思える点は、何かありますか?
大歳
たとえば本公演の稽古中って、結構皆でふざけて下品なことをやってたりするんです。この前の『サーフィンUSB』だったら、ずっとふざけて海に飛び込んだり、押し合ったりしてるだけの稽古があったりして。それは横で見ていてむちゃくちゃ面白いんですけど、本番のお芝居ではまず使われないんですよ。それが僕にとってはもったいない。だからその面白さを二次転用というか……まかない飯的に(笑)。
──本来お客様に出さないようなチープなメニューが、いつの間にかお店の正式メニューに昇格した、みたいな。
大歳
そうですね。それはイエティで一番期待していることです。
──今回の『スーシーズ』もコント公演ですか?
大歳
見る人によってはコント集に見えるかもしれないけど、僕の中では長編芝居。一時期タレントさんの書いた自伝にハマっていたので、今回はある男の一代記みたいな話にしようと思っています。あまり詳しいことは言えないんですけど、ヨーロッパ企画にはないジャンクな要素と、あとバイオレンスなんかも入ってくるんじゃないかと思います。
──バイオレンス芝居は確かに、ヨーロッパ企画ではまず見れそうにないですよね。
大歳
だからどんな反応が来るか、すごくわからないんですよ。特に東京公演なんて、東京がどんな状況かなんて全然わからないから、本当に真っ暗で何も見えない状態(笑)。まあでも、その辺はあまり考えずにやってみようかなと思っています。
(取材・文/吉永美和子)